誰のため。。?

みなさん、こんにちは。サイモントン療法カウンセラーのひめです。
昨日今日と沖縄はとてもいいお天気ですね〜。

年末年始と長いお休みをいかがお過ごしでしたか?
今日から通常のお仕事に戻った方が多いのではないでしょうか。。?
私の勤務している「のはら元氣クリニック」も今日から診療開始しました。
患者さん達も元氣よく「明けましておめでとう!」と笑顔でおっしゃってましたよ。
新年を迎えるというのは、笑顔と元氣をもたらすんですね〜。
上の写真は美ら海水族館のマンタです。
私はこのマンタが大好きです。 自由に海の中を飛んでいる感じがなんとも優雅で大らかで、何者にも動じない太々しさが大好きです。

このように在りたいと思います。 自分の人生を自由に優雅に太々しく。。。
自分の為にこう在りたい。と思うのです。
私達は「他人の為に〜」とか「貴方の為に〜」とか考えていませんか?
犠牲的精神でもって、よく「貴方の為を思って言っているのよ」「貴方の為にしているのよ」なんて言葉を言っていませんか?
本当に「貴方の為」なんでしょうか?
この言葉は正義ですよね〜。
言われた方は、何も言えなくなってしまう。しかも罪悪感という重たい重たい荷物まで背負わされて。。
ここは、スッキリと「私の為にこれをして。」「私が望むからこうして。」でいいんじゃない?
本心はそうなんですよね。
「私の良いと思う通りにやってもらわなきゃ私が困る」んですよ。
「私の価値観の通りに行動してもらわなきゃ私が嫌だ」ということ。
私達は相手をコントロールしたがります。 意識的にも無意識的にも。。
親子、夫婦、上司と部下、医者と患者、客と店員、先生と生徒。。。
「貴方の為に」って言っている自分を俯瞰してみると自分自身が見えて来ますよ〜。
自分でも気づかなかった自分の執着が。。こんな事に私は執着してたのか!なんて。

私の好きな、そして自分に言い聞かせている詩を。。
『ゲシュタルトの祈り』
私は私の為に生きる。 貴方は貴方の為に生きる。
私は何も貴方の期待に応える為に、この世に生きている訳ではない。
そして、貴方も私の期待に応える為に、この世にいるわけではない。
私は私。貴方は貴方。
でも、偶然が私達を出会わせるなら、それは素敵なことだ。
たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしい事だ。
フレデリック・パールズ